この腕の中の愛しき人-1-
『ワンダと巨像』の短編と銘打ってますが、油断してると長くなりそうなので、お気をつけて。
また、これは鳩の塔のカポリ様からネタをお借りしました。
カポリ様の素敵なサイトは
こちら
また、完全に初めから終わりまで妄想で貫かれておりますので、そういうものに理解のある方のみお読みください。
それでは、楽しんでいただければ幸いです。
以上を踏まえましたら、ぐぐいっとスクロールしてください。
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名もなき人
これから語る物語は、一つの物語の前触れであり、きっかけである。きっかけを作ったのは一人の人間であったし、または大勢の名もなき人々であったかもしれない。
舞台は、ある国から始まる。そこは一年が温暖な季節と暑い季節とからなり、国の周辺には緑の生い茂る森もちらほらと見える、住みやすい地だった。しかし、それは少し昔の話で、今はやや状況が違う。人口は増え続け、畑を作るために山を切り崩し、体を洗うために水を使い尽くし、家を建てるために、緑はその国を中心に少しずつ外縁を広げつつあった。
この国は元々、精巧かつ晴好、繊細かつ緻密な技術を持った人々を多く輩出してきた。
彼ら匠の手によって作り出されてきたものは、すべて芸術と呼べる代物であり、日用品から衣服、果ては建築に至るまで、すべてがその機能を損なうことなく、どれも美しく燦然と輝いているのだった。
彼らのような匠を育てた土壌は、この国が誇りにしている国の風習にあった。
この国の権力者にとり、美しさとは権力であり、彼らの神に近づく最も崇高にして至高の表現であったのである。
彼らにとって神とは、この世の何をおいても美しきものであり、そして唯一のもの。何にも犯されぬ純潔と、孤高の美、それこそが権力者の望む至上の宝玉。
故に、この国に生まれた瞬間から、彼の人は美の神に称えられてあれ、と周囲の者すべてから祝福される。そしてまた、これはこの国、はたまた土地の呪縛なのか、美を追求し、その極限を志した者たちは、例外なく魔物に魅入られる――美しさと言う魔物に。
一般的に、『美』というものは、時折人々の心に深く入り込んでは惑わせる。しかしこの国においての『美』というものは、意志を持つかのごとく人々を惑わせ、間々人を操った。人はただ傀儡と化し、その御前にかしずくのみ。
やがて匠の、この世に生み出したもうた魔物たちは、彼の目指したところとは真逆に、邪悪な魂をその身内に宿らせ、人を狂わせた。
魔物の毒は、やがて国中を侵していった。権力の名の下に行われる残虐非道、陰謀と腐敗、人の魂の堕落。その甘美な毒は、ついに元々は美しき神の国であったこの国の隅々まで行き渡り、余すところなく柔らかに腐らせた。
腐り、やがて落ちるは果実も国も同じ。ついに崩壊がはじまり、そして一気に瓦解した。
まるで白昼夢の如く、それは起きてみればあっけないものだった。
その年は、百年に一度あるかないかの酷暑だった。それが引き金となり、河川湖沼の枯渇、作物の不作、虫による食害が徹底的に人々から食物を奪い去った。道端の一本の草を奪い合い、人々が殺し合いをする。動物など、既にもう何年も前からこの国一帯は狩りつくされ、既に空にも地上にも、影すらでてこなかった。元々少なかった木々は残らず枯れはて、畑はひび割れた。人々は飢えと渇きのうちに、なすすべなく死んでいった。そしてまた、近隣の国とてその状況はほぼ変わらず、しかし権力機構による統制がとれていた国は、この国を『喰らう』ことで己が国が生き残ることを選択した。すなわち、この国を襲い、わずかばかりの食物を奪い、この国の生きた技術である最高の匠たちをさらい、残りの凡百の人々は、女であれ、子どもであれ、皆殺しにした。元より食物も水もないこの国で、生き残ることなど不可能であったが、この国を囲む悪意は魔物如き比ではない禍々しさを放ち、一片の慈悲も持ち合わせぬまま、ひたすらに殺戮を繰り返した。気付けば、どこからか火の手が上がり、それは次第に辺りを舐り広がっていき、黒煙はすべてを懐に抱え込んでいった。
こうして、一つの国は完全なる終焉を迎えたのであった。
しかし、一つの種の如きものは、確かに残ったのだ。この国という大木から生まれ、結実した貴重な種。播かれた土は略奪者の国。すなわち、滅びたあの国から連れ去られた匠の、美の技術のかろうじて残った手の中に。
皮肉なことに、略奪者の国で、後に最も成功をおさめた者は、今はもう滅びた国のわずかな生き残り、しかも匠を目指す仲間の内で、あの国が滅びてしまうまで、まったく芽の出なかった見習いであった一人の若者であった。では、なぜ彼は生き残ったのだろうか。略奪者は、既に優れた気質を現した者だけを選んだというのに。
それはまったくの偶然だった。彼がさらわれた日のことをお話しよう。
彼と彼の優れた師である人物は、もう既に国は滅びると覚悟していた。だからこそ、一刻も早く価値ある美術品の数々を地下に隠しておこうと奮闘していたのだ。そして、ほとぼりが冷めた頃に掘り出して、再び神への素晴らしい捧げ物としての役割を果たさせようと考えたのだった。彼らは妻や親兄弟より、卑しくも物への執着のほうが捨てられなかったのだ。それが結局は己らの命運を決めた。彼らが予測していたよりも事態は逼迫していた。気付けば若者とその師は武器を持った多くの人間に囲まれており、どうすることもできなかった。
この芸術の国で、農業、商業の他、芸術に携わる者たちの武器といったら、せいぜいがのみや錐といった道具だけであった。彼らが囲まれた時、そんなものさえ持っていなかったのだ。
略奪者たちは泥や血で塗れた手のままに、素晴らしい美術品を師の腕の中から奪い取ると、それを未来永劫だめにしてしまったのだ。それを見た師は激怒し、無謀にも略奪者の一人に殴りかかった。それはすなわち反逆とみとめられ、即刻切り捨てられた。残された若者はぶるぶる震えながら、立ち尽くしていた。すると、略奪者たちは問うた。お前の名はなんというか、と。この時、まさしく霊感とかそういうものが、彼に不思議に働きかけたのだ。若者がとっさに口にしたのは、己の名前ではなく師の名前であった。それが彼の命を助けた。略奪者たちは薄汚れた紙切れの中からその名前を見つけ出すと、彼を自分たちの国へと連れ帰ったのだった。
しかし無事生き延びた彼の苦悩は尽きない。若者は新たな地で、母の腹より生まれ出でてより信仰してきた神を捨てることを強いられた。しかし彼は滅びた国の神をいまさらながらに見捨てることなど出来なかった。大衆の前では新たな神、戦いこそを最も是とする闘神を崇め、そうでない、彼だけの孤独で静かな時を過ごす場合には、美しき理想の、今はなき故郷の神について祈るのだった。
折より、若者は彫り物もするようになっていた。その業たるや、まさしく彼の国を滅ぼした魔物の乗り移ったかのような凄まじさであった。美を求める彼にとってまったく皮肉なことであったが、彼の手より生み出された造形物は、この国の闘神たる偶像にふさわしいものであった。既に滅びたあの国では、神をかたどる偶像は最も卑しきものの一つとして数えられていた。であったにもかかわらず、彼の彫刻の腕にはますます磨きがかかり、周囲の期待は尚一層膨らむのであった。そのうちに、若者のもとに、一通の書簡が届いた。そこに刻まれていたのは、この国で最も偉大な神々の偶像を造るため尽力せよ、との旨だった。この略奪者の国の最高権力者からの勅命だった。
彼は何より無謀ではなかったが、勇敢でもなかった。滅びた国の定めにより身を滅ぼされるよりも、なんとか生きながらえ、美しきものを作り上げて彼の神に近づくことを若者は望んだのだ。
彼は早速、勅命を与えたもうた権力者の元へ連れて行かれた。権力者は、身に鎧をまとい、腰には上等だが無骨な剣を差していた。様々な装飾品をつけていたが、若者にはそれは好ましからざるものに見えた。そして、権力者は若者に、壮大な計画を話し出した。
無頼の王は若者に、壮大な計画を話し出した。
「そなたに造りだしてもらいたいのは、荘厳で偉大なる不死の巨像である。造りて後、千年、二千年経ちても我が国の威光を伝え、それを見た者すべてが畏怖に震え、かしずくような、剛直で厳威なる像を造り出してもらいたいのだ」
略奪者の国には、この世で最も固いといわれる石を加工する秘伝の技があった。それを権力者は彼に分け与え、習得させると言った。芸術の業を究める者にとって、充分に見返りのある申し出であろうと権力者は言った。しかし、若き匠に、断る権利などあっただろうか。断れば、待っているのは無残な死だけだ。
「閣下、もしわたくしめにその任を任せてくださるならば、千年、二千年といわず、万年経ちても鮮やかな模様を残したままの、見事な巨像を造りあげてみせましょう」
若者は、控えめながら、自信に満ちた調子に聞こえるよう努力して答えた。
この計画には、幾人もの匠が各々の最高の技量を持って取り組んだ。構想を練るのに二年かけ、その間、権力者は国を挙げて人員を集めた。後、二十年かけて巨像を完成させる予定となった。しかし実際にはその倍、四十年の月日を要したのだった。
まず神殿を造ることからはじまった。巨大で荘厳な、素晴らしき巨像を祀るのにふさわしい神殿。方角を考え、神殿に光が差し込むよう設計された。古文書を紐解き、多くの博士たちに宗教上、最もふさわしいつくりを研究させた。
この神殿で最も重要なものは、巨像であったが、若者の言い添えによって、多くの光を集める祭壇を造ることになった。それは若者の独断だったが、最高権力者が若者に一任している以上、逆らう者などいようはずがなかった。
神殿の基礎は巨大な岩山を削りだして造られた。この岩は、最も固いといわれる石を多量に含んだ非常に固い岩であった。それを削りだしていくのは並大抵のことではなく、この岩の中に空洞がなければ、事業は百年経っても終わらなかったであろう。
基礎的な工事が終わり、いよいよ巨像の製作に取り掛かった。石は想像していたよりも固く、匠たちを苛んだ。腕を痛めるものや、途中で崩れた石が当って怪我をする者も多く出た。しかし、彼らは徐々にではあるが、確実に作り上げていった。
年を追うごとに、形作られていく像。それらは、造りかけの状態にもかかわらず、見るものに必ず畏怖を覚えさせたのだった。
そして、誰もあずかり知らぬことだが、もう既に若者とはいえなくなった匠の、彼の魂は、だんだんとその秩序を崩壊させていった。
彼の中で、歳月が重なるごとに苦しみばかりが膨らんだ。さらに追い討ちをかけたのは、徐々に見知った匠たちが櫛の歯が欠けるように、ぽろぽろと死んでいったことだった。かつて最も若かった匠は、彼なのだ。過酷な仕事と老齢のために向かえた死は、彼らにとって当然の死だった。この像は、自分たちの神ではない。それは理解していたが、魂は傷ついた。もはや、この巨像を造るほかに仕事をする暇などなく、かつて美だけを追い求めてきた頃とは違い、魂だけでなく、体もぼろぼろだった。美しいものをつくることなど、到底できなかった。
来る日も来る日も、無骨な石を削っては泥のように眠り、時折その夢の中でさえ美しいものを見ることもなく、ただ恐ろしげな何かがせまってくることに怯えるだけだった。
四十年の月日が過ぎ、彼はもう老齢に差し掛かっていた。ただ時のせいばかりではなく、彼の顔はすっかり変わってしまっていた。目の周りの影といったら、底なし穴のように暗く、皺は峡谷のように深かった。しかし、巨像の群れはもう出来上がる。今日明日中には完成といえるだろう。
ふと、彼は何かに導かれるように、神殿の祭壇に歩み寄った。もうほとんど完成しており、最後の仕上げは、今仕上げたところだ。確かに大きな苦しみは去ったが、いいようのない虚無が、彼の魂を暗く奈落の底に貶めていた。
今日は雲が辺り一帯を多いつくし、そのために灯かりを持って仕上げにあたっていた。
しかし、彼が祭壇の前に立った途端、驚くべきことが起こった。
神殿に、光が差し込んできたのだ。それは黒い雲の隙間から差し込んだ、一条の光だった。そしてその光は祭壇と一緒に、彼を照らし出した。彼は虚ろな眼で、上を見上げた。それはまったくの偶然だったが、なぜか、急速に心の中が晴れ渡る心地になったのだ。こんなに澄み切った心になったのは、彼が若く何も知らず、かつての故郷が栄え、人々の顔に笑顔が満ち満ちていたとき以来だった。祭壇の上、天井に開いた巨大な丸窓からは、青い空がのぞいていた。そこから注ぐ光は、七色を帯び、かつて彼をいつも見守っていてくれた美しき故郷の神が、柔らかく、温かな手を伸ばしてくれているようだった。
その光が降り注いでいたのは、ほんの数瞬だったが、彼にとってはそれで充分だった。彼の目にはいつ以来かの生気が宿り、彼は若いウサギのように駆け出した。大急ぎで自分の工房に戻ると、馴染んだ最低限の道具を掴み、またそこを飛び出した。
彼が向かったのは、かつて故郷のあった場所だった。そこは今ではもう何もなくなっていて、ただ草が時折風に吹かれ、瓦礫の隙間からは細い木が何本も生えているだけだった。
彼はなんとか記憶を振り絞って、ずっと昔に自分と自分の師の工房があったあたりを思い出そうとした。
そして、それらしき場所に来ると、両手で土を掘り起こし、埋まっているものを掘り出そうとした。彼にはわかっていた。地下への扉が見つからないなどということが、ありうるはずはないと信じていた。すると見事に、彼はこの何もなくなった土地から、地下へ続く扉を見つけたのだった。それは間違いなく、彼と師の工房の地下へと通じる扉だった。
彼は地下室に入ると、埃っぽい室内で、沢山の素晴らしい美術品が燦々と今でも輝きを放っているのを見つけた。
彼は灯かりをつけ、そこに住み着くことにした。彼はそこを、新たに自分の質素な工房として活用することにしたのだ。彼は、急いでことに取り掛かった。もう、自分が長くないことがわかっていたからだ。
材料は、素晴らしい美術品の数々と、土くれと、石と、木だった。それらを全部あわせて、この世でたった一つの、誰も見たことがない芸術品を作ろうとした。
彼は、朝日が昇る前から仕事にとりかかり、夕暮れ際まで作り続けた。雨水と朝露だけを頼りにして、食物を摂ることはなかった。健康を害するどころか、彼はどんどん生き生きしていった。
七日目の朝、彼はとうとう素晴らしい品を作り上げた。そして、とても晴れやかな顔のまま、事切れた。
彼の隣に、まるで生きているかのような、そしてこの世の祝福をすべて受けたかのような、美しい姿の少女の人形が横たわっていた。
その慈愛に満ちた横顔は、まるで彼の神の理想のようであったし、彼の心の最も美しい部分を映し出したものだったかもしれない。
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モノ人形編第一話。